大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)987号 判決 1985年12月18日

原告 西須匠

<ほか一名>

右原告両名訴訟代理人弁護士 土肥倫之

同 土肥幸代

被告 志賀高原観光開発株式会社

右代表者代表取締役 山本内藤

右訴訟代理人弁護士 坂東克彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告両名に対し、各一七一三万八九六五円並びに内金一五六三万八九六五円につき昭和五八年六月二三日から及び内金一五〇万円につき昭和六〇年一二月一九日から各支払済みまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、長野県下高井郡山ノ内町(以下「山ノ内町」という。)所在の志賀高原高天ヶ原スキー場(以下「高天ヶ原スキー場」という。)において、スキーリフトを架設し、スキー場の管理、経営事業を行っている。

2  本件事故の発生

原告らの二男訴外亡西須武雄(以下「武雄」という。)は、昭和五八年一月六日正午ころ、高天ヶ原スキー場のゲレンデ(以下「本件ゲレンデ」という。)を滑走中、本件ゲレンデと志賀高原タンネの森スキー場(以下「タンネの森スキー場」という。)との連絡通路(以下「本件通路」という。)付近の別紙図面一記載の⑨の地点(以下「本件事故地点」という。)において、本件ゲレンデに進入しようとしていた訴外佐々木佳和(以下「佐々木」という。)の左肩に顎から衝突して転倒し、顔面打撲及び頭部外傷による脳挫傷等の傷害を受け(以下「本件事故」という。)、同月一六日死亡した。

3  本件事故発生の責任

(一) 本件事故現場付近の地形、状況

本件通路は、本件ゲレンデの中腹にあって、同ゲレンデのコースに対し、鋭角的に交差しているうえ、同ゲレンデと本件通路とは、互いに木立等でさえぎられ、見通しが悪い(別紙図面二及び同図面三記載の図(一)、(二)参照)ため、同ゲレンデを滑降してくるスキーヤーからも、本件通路から同ゲレンデに進入しようとするスキーヤーからも、互いに相手方スキーヤーの存在を確認しがたいという状況にある。

なお、別紙図面三記載の図(二)の「旧コース」部分(以下「本件旧コース」という。)は、かつて、志賀高原一の瀬スキー場(以下「一の瀬スキー場」という。)のゲレンデへの滑降コースが設置されていたところであるが、本件通路からのスキーヤーとの衝突、混乱を避けるため、昭和五七年から閉鎖されたものであり、本件事故地点付近はもともと衝突その他の危険性の高い地点であった。

(二) 被告の責任

(1) 被告は、スキー場を経営している以上、スキー場内における事故の発生及び人身の危険を防止し、スキーヤーに対して安全を保障する管理上の義務があるから、本件ゲレンデに本件通路のような見通しの悪い通路を設けている場合、右ゲレンデの頂上方向から滑降してくるスキーヤーに対し、本件通路が存在し、同通路から本件ゲレンデ内に進入する者があることを事前かつ容易に認識することができる措置を講ずる義務がある。また、同様にして、本件通路から本件ゲレンデに進入しようとするスキーヤーに対し、適切な地点に一時停止すべき旨の標識を設置すべき義務がある。すなわち、本件ゲレンデ上方には何ら本件通路への立入禁止措置がされていなかったのであるから、衝突等の事故の発生を防止するため、一時停止すべき旨の標識を別紙図面三記載の図(二)のD地点(以下「D地点」という。)よりもタンネの森スキー場側に入った地点に設置しておく義務があったものというべきである。

(2) ところが、本件事故当時、本件ゲレンデ上方から滑降してくるスキーヤーに対しては、本件通路の存在を示す標識は全くなく、また、本件通路から本件ゲレンデに進入しようとするスキーヤーに対しては、別紙図面三記載の図(二)のC地点(以下「C地点」という。)に「止まれ」の標識が立てられているだけであった。

また、本件旧コース入口の同図面三記載の図(二)のA・Bの二点(以下「A・B地点」という。)を結ぶ直線上には数本のビニールテープを張ったポールが立てられ、その中央付近に「横断禁止」の標識が設置されていたが、右旧コースは、本件ゲレンデより一段低くなっている(同図面三記載の図(三)参照)ため、本件ゲレンデ上方から滑降してくるスキーヤーには、右旧コースの方へゲレンデが続いているように見え、右立入禁止の措置がとられていること及びその付近に本件通路があることを全く認識することができない状況であった。

(3) そのうえ、山ノ内町役場観光課及び志賀高原観光協会が製作した志賀高原スキー場ガイド(以下「志賀高原スキー場ガイド」という。)には、志賀高原の代表的ゲレンデツアーとして、高天ヶ原スキー場から本件通路を通ってタンネの森スキー場や一の瀬スキー場へ行くコースが、矢印及び巡路図をもって表示されていた。

そして、被告は、志賀高原観光協会の一員として、スキー客を誘致するために、他のスキー場経営者と提携してリフト共通券を発行し、自由にゲレンデ巡りをすることができると宣伝していたのであるから、ゲレンデとゲレンデを結ぶ連絡通路について、ゲレンデ内の整備と同様に、初めてのスキーヤーでも安全に移動できるような標識又は安全のための措置を十分に講ずべきであった。

(4) 武雄は、兄の訴外西須幹夫(以下「幹夫」という。)らとともに、ゲレンデツアーを楽しんでいたものであるが、初めてのコースであるため、志賀高原スキー場ガイドの指示とスキー場の標識に従い、共通リフト券を利用してリフトを乗り継ぎ、本件ゲレンデ上方からタンネの森スキー場へ向かおうとし、別紙図面三記載の図(二)の赤線で示されるコースを普通の速度で滑降していたが、前記のとおり、見通しが悪かったため、佐々木の存在を確認することができず、同人と衝突して本件事故に遭遇し、佐々木も、衝突直前に武雄に気付かなかったため、本件事故を回避しえなかったものである。

(5) したがって、本件事故は、互いに相手を事前に確認することができれば避けられたものであるところ、事故の原因は、被告が本件ゲレンデの一部に見通しの悪い本件通路を設置しながら、スキーヤーの安全を確保するための適切な措置を講じなかった不作為によるものである。

(6) なお、被告は、本件事故発生直後、別紙図面四記載の図(一)のとおり、E・Fの二点を結ぶ直線上に竹垣を設置したうえ、ゲレンデ上方から認識しうるように「立入禁止」の立札二本並びに「横断禁止」及び「危険」の立札各一本を設置し、昭和五九年冬には、右E・Fの二点を結ぶ直線上に「止まれ」及び「立入禁止」の立札を増加し、「衝突注意」の大きな看板と「タンネ・一の瀬方面は二〇〇Mしたから入って下さい。この通路は危険です」と表示した看板を設置して、本件ゲレンデから本件通路への立入を禁止したが、仮に、本件事故当時、右のような安全措置がとられていれば、本件事故は避けられたものである。

4  原告らの損害

(一) 武雄の逸失利益に関する損害賠償請求権の相続

原告らは武雄の父母であるところ、相続により武雄の被告に対する左記損害賠償請求権を各二分の一宛取得した。

武雄の逸失利益 四〇九七万九四一六円

右は、武雄(昭和四〇年七月二三日生)が身体壮健な男子であったことから、昭和五七年賃金センサス男子全年令平均賃金及び賞与額を基礎として、ベースアップ分四パーセント(昭和五六年と昭和五七年の賃金センサスを比較し、その上昇分から推定したものである。)を加算し、将来結婚することを考慮して、生活費割合四割とし、ライプニッツ係数により計算したものである。

(二) 原告らの損害

(1) 積極損害

原告らは、本件事故に関し、左記金員を支出したから、これと同額の損害を被った。

(ア) 救助護送費   一万六八二〇円

(イ) 入院治療費  二八万六一二〇円

(ウ) 入院雑費    二万六一三九円

(エ) 家族付添宿泊代 七万四〇〇〇円

(オ) 交通費     三万七〇八〇円

(カ) 遺体搬送費  一四万二〇〇〇円

(キ) 葬儀費    五九万〇三〇九円

なお、内訳は次のとおりである。

(あ) 葬祭費 二六万四七三〇円

(い) お布施 一五万円

(う) 通夜・葬式雑費 一七万五五七九円

(2) 慰謝料 一二〇〇万円

武雄は、公立高校二年に在学し、成績は極めて優秀であり、友人からも好かれ、将来を嘱望されていたのであり、原告らは、武雄を本件事故によって失ったことにより、筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被ったから、これを慰謝するには、一二〇〇万円をもってするのが相当である。

(三) 損害の填補 二〇二万二〇〇〇円

右は、原告らがスキーツアーの傷害保険金として支払を受けたものである。

(四) よって、原告らの損害額は、(一)、(二)項記載の損害額合計五四一五万一八八四円から(三)項記載の保険金二〇二万二〇〇〇円を控除した五二一二万九八八四円であるが、本件事故はスポーツに伴うものであるから、武雄の過失が最大限四割であるとするのが相当であり、これを過失相殺すると、右損害額は、合計三一二七万七九三〇円である。

(五) 弁護士費用 三〇〇万円

右は、原告らが被告に対し、前記損害金の支払を求めたにもかかわらず、被告がこれに応じないため、訴訟を委任した費用であり、請求額の約一割に相当するものである。

5  よって、原告らは被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ、前記損害金の二分の一である一七一三万八九六五円並びに内金一五六三万八九六五円に対する本件事故後である昭和五八年六月二三日から及び内金一五〇万円に対する判決言渡の日の翌日である昭和六〇年一二月一九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実は認める。なお、本件事故現場は、タンネの森スキー場から高天ヶ原スキー場への本件通路の出口である。

3(一)  同3(一)項の事実のうち、本件事故地点付近が見通しが悪い旨の原告らの主張は否認する。

本件ゲレンデを滑るスキーヤーから、本件通路にいるスキーヤーの存在を見通すことができるか否かは、当該スキーヤーの位置によって異なるものである。また、本件通路から本件ゲレンデまでは極めて緩やかな傾斜であり、しかも本件通路は本件ゲレンデに鋭角的に交わっているから、本件通路から本件ゲレンデに進入しようとするスキーヤーは、本件ゲレンデを滑るスキーヤーを見通すことができ、したがって、本件事故地点付近が特に危険な地形であるとはいえない。

なお、本件旧コースは、一の瀬スキー場のゲレンデへの滑降コースではなく、連絡コースにすぎない。

右連絡コースは、昭和五六年一二月から閉鎖されたが、これは、タンネの森スキー場における危険防止のために閉鎖したものであって、一の瀬スキー場からの連絡コースから進入するスキーヤーと高天ヶ原スキー場を滑走するスキーヤーとの衝突事故を防止するために閉鎖したものではない。

(二)(1) 同3(二)項の(1)の事実は否認する。被告の本件ゲレンデの管理は充分である。

(2) 同項(2)の事実は否認する。本件事故地点の状況は、別紙図面五記載のとおりである。すなわち、本件事故当時、本件通路の上下(別紙図面五の止まれの二本の標識が記載されている地点)には全国スキー安全対策協議会規定の別紙図面六(一)記載の立入禁止標識(以下「立入禁止標識」という。)が各一本立てられていた。また、タンネの森スキー場からのスキーヤーに対しては別紙図面六(二)記載の「止まれ」の標識(以下「止まれの標識」という。)が二本立てられていた。タンネの森ゲレンデへの本件旧コース入口は、竹ポールで塞ぎ、竹ポール間は緑色ビニールテープで結び、所々に赤短冊形の布を結びつけて進入ができないようにしてあった。竹ポールの下側には樅の木を二列に配し、右コースを閉鎖していた。また、ロープに沿って別紙図面六(三)記載の「横断禁止」標識(以下「横断禁止の標識」という。)が二本立てられていた。更に、本件通路の出口(別紙図面五のG地点)に、矢印でタンネの森スキー場と一の瀬スキー場方面への連絡方向を示す別紙図面六(四)記載の標識(以下「連絡路表示標識」という。)が一本立てられていた。

したがって、右のような状況から、本件ゲレンデを滑走してくるスキーヤーがタンネの森スキー場への本件旧コースが閉鎖されていること並びにタンネの森からの本件通路の出口があることに気付かないことなどは考えられない。原告らは、本件旧コース入口は本件ゲレンデより一段低くなっている旨主張するが、本件ゲレンデの上方からは完全にその地形を俯瞰しうる状況にあり、本件ゲレンデを滑走するスキーヤーの判断を誤らせるものではない。

(3) 同項(3)の事実のうち、被告が共通リフト券を発行していることは認める。志賀高原スキー場ガイドに表示されている矢印は斜面の向きを表示したにすぎず、コースを表示したものではなく、また、右ガイドは略図である。

(4) 同項(4)の事実は不知。

(5) 同項(5)は争う。本件事故は、武雄が前方注意義務を欠き、自己の技術を過信し、速度とコースのコントロールを欠いたまま本件ゲレンデを滑走したことによるものであり、被告には何ら責任はない。

(6) 同項(6)の事実は認めるが、被告が立入禁止標識を追加等したのは、事故再発防止のため万全の措置を採ったものであり、これをもって、被告の本件ゲレンデ管理の過失の存在の理由とすることはできない。

4  同4項の各事実はいずれも否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  被告が高天ヶ原スキー場において、スキーリフトを架設し、スキー場の管理、経営事業をしていること、原告らの二男武雄が、昭和五八年一月六日正午ころ、本件ゲレンデを滑走中、本件事故地点において、タンネの森スキー場から本件通路を通って本件ゲレンデに進入しようとしていた佐々木の左肩に顎から衝突して転倒し、顔面打撲及び頭部外傷による脳挫傷等の傷害を受け、同月一六日死亡したことは当事者間に争いがない。

二  原告らは、本件事故地点付近は、本件ゲレンデの上方から滑降してくるスキーヤーにとっても、また、タンネの森のスキー場から本件通路を通って本件ゲレンデに進入しようとするスキーヤーにとっても見通しの悪い場所であるから、スキー場の経営者である被告としては、スキーヤーの衝突等の事故を防止するため、本件ゲレンデの上方から滑降してくるスキーヤーのために本件通路の存在等を容易に認識することができるような標識等を設置し、また、タンネの森スキー場から本件通路を通って本件ゲレンデに進入しようとするスキーヤーのためにD地点よりもタンネの森スキー場側に寄った地点に一時停止の標識を設置しておくべき義務があるのに、これを怠ったために本件事故が発生したものである旨主張するので、この点について判断する。

1  先ず、スキーヤー及びスキー場経営者の事故防止のための注意義務についての当裁判所の考え方を述べる。

スキーは、雪で覆われた山野をツアーしたり(いわゆる山スキー)、あるいは、山岳地帯の地勢を利用して滑走し、そのスピードとスリルを楽しんだりするスポーツであるが、山岳地帯を滑走する場合には、その地勢は複雑で嶮岨なところが多く、また、樹木、ブッシュ、ギャップなどの障害物等も無数に存在し、危険性も高いからスキーヤーが安全にスキーを楽しむためには、地勢等についての十分な知識とスキーをコントロールする回転技術を習得し、その技術に応じた滑り方をすることが必要であることは言うまでもない。

ところで、山岳地帯の自然の地勢を利用し、山肌の樹木の一部を伐採して造られたスキー場においてスキーを楽しみ、またスキーのテクニックを練習するいわゆるゲレンデスキーにおいて近時、リフトが架設されることによって、スキーヤーは、労することなくしてゲレンデの頂上まで上り、しかも樹木が少ないだけ安全にスキーを楽しむことが出来るようになっているが、その他のコース環境は自然の地勢の侭であり、ブッシュ、ギャップなどの障害物等も数多く存在し、危険性も高いことは公知の事実である。

そのうえ、ゲレンデにおいては、他のスキーヤーも沢山滑っているのであるから、スキーヤーは、自らの安全のみではなく、他のスキーヤーの安全にも十分注意しながら滑ることが肝要であることも自明である。

したがって、スキーヤーがゲレンデにおいてスキーを楽しみ、これを練習するにあたっては、ゲレンデの地形や障害物等の状況を十分に確かめたうえ、少なくとも、自己の技術に応じた滑り方をすることが必要であって、初心者の場合などは、時にはリフトで、又はスキーを担いで下りて来ることも必要であり、このようなことはスキーヤーの最小限のマナーであるというべきである。

他方、スキー場の経営者としても、ゲレンデ内の状況を十分に把握し、スキーヤーの危険防止のための措置を講ずべき信義則上又は条理上の義務があるものと言うべきであるが、この場合でも、ゲレンデスキーが自然の地勢を利用した冬山におけるスポーツであることに鑑み、特段の事情がない限り、ゲレンデの地勢まで改良するなどの必要はないが、少なくとも、スキーヤーが容易に危険箇所などを認識し、これを避けることが出来るように標識などを設置すべき義務のあることは明らかである。

そこで、右のような観点から被告に危険防止についての注意義務の懈怠があったのか、あるいは武雄の過失によって本件事故が発生したか否かについて検討する。

2  前記事実に加え、《証拠省略》を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。

(一)  原告西須匠は、新潟県出身であってツアースキー(いわゆる山スキー)を好み、長男の幹夫と二男の武雄を子供のころから何回かスキーに連れて出掛けたこともあったこと、武雄は、本件事故当時高校二年生であってサッカーのクラブ活動をしていたが、本格的にスキーを始めたのは高校一年生のときからであり、その年のシーズンには二、三回(一回の期間は三日から数日間位)スキーに出掛けたが、本件事故時のシーズンには今回が始めてであったこと、兄の幹夫は当時大学三年生であり、同人のスキーの回転技術はシュテムターンは出来たが、ウェデルンやパラレルターンは出来なかったので、初級の上か中級の下程度であり、武雄のテクニックはそれよりも劣っていたうえ、左側にターンをすることにやや不安があったこと、

(二)  武雄は、幹夫の友人ら一三名とともに、昭和五八年一月四日夜国鉄新宿駅をスキーバスで出発し、同月五日朝志賀高原スキー場に到着してスキーを楽しみ、同月六日の夜行バスで帰る予定のスキーツアー計画を立て、同月四日右夜行バスで出発し、同月五日午前六時ころ、志賀高原蓮池所在の志賀観光ホテルに到着したこと、同日、武雄らはタンネの森スキー場付近で練習をしたが、同人らにとっては志賀高原スキー場は始めてのゲレンデであったこと、同月六日午前中、武雄を含む九名は、正午ころに他の五名と一の瀬スキー場で落ち合うこととし、蓮池から志賀高原ロープウェイに乗って発哺に上り、更に、東館山ゴンドラリフトに乗って東館山展望台(標高二〇三〇メートル)まで行き、東館山スキー場で何回か滑った後、高天ヶ原スキー場、タンネの森スキー場を経由して一の瀬スキー場に向うため、東館山スキー場から高天ヶ原スキー場に下って来たが、正午ころ、本件ゲレンデにおいて本件事故が発生したこと、武雄らにとっては本件ゲレンデを含む右コースは始めてのコースであったこと、

(三)  高天ヶ原スキー場は、東館山展望台の西方に所在し、同スキー場は標高差約二三〇メートルのおおむね東から西に傾斜した山肌を利用したゲレンデであるが、同スキー場は高天ヶ原第1リフト(上り用)と同第3ペアリフト(下り用)によって二分され、同リフトの南側が上級者用のゲレンデであり、同北側が本件ゲレンデであること、右リフトは全長約八五〇メートルであり、ゲレンデ下の起点の標高はおおむね一六七〇メートル、上の終点の標高はおおむね一八〇〇メートルであること、本件ゲレンデは、別紙図面七、八(以下「図面七、八」という。)のとおり、右リフトと北側の林の間に位置し、樹木が伐採されているほかは自然の地勢を利用し、右終点(以下「頂上付近」という。)から起点の方に向い、右リフトに沿って滑走するコースであるが、そのうち、図面七、八の緑点線と林で囲まれた斜面部分(以下「林沿い斜面」という。)を除くリフト沿いの斜面(以下「本件滑降コース」という。)は幅約五〇メートル位の中級者用のコースであること、林沿い斜面は狭く、しかも林側に急傾斜となっており、時折り上級者がその他勢を利用してターンの練習をすることはあるが、一般のスキーヤーにとっては近寄り難い地形であり、そのために本件滑降コース外のような状況になっていること、

(四)  かつて、本件ゲレンデの中腹付近にタンネの森スキー場に通ずる本件旧コースが設けられていたが、同五六年一二月タンネの森スキー場に一の瀬第8リフトが架設されたことに伴ない、同五七年春ころ同スキー場のスキーヤーと本件ゲレンデから進入するスキーヤーとの衝突事故を防止するために本件旧コースが閉鎖されたこと、そして、同コースの入口(A・Bの二点を直線で結んだ部分)には、本件ゲレンデ内のスキーヤーに右閉鎖を明らかにし、同コースにスキーヤーが進入することを防止するため、数本の竹のポールが立てられ、それに短冊形の赤い布が吊り下げられたビニールテープが結びつけられていたうえ、横断禁止及び立入禁止の標識が設置され、また右ビニールテープに沿って樅の幼木が植えられていたこと、更に、図面八記載のG地点にはタンネの森及び一の瀬スキー場方面への進行方向を表示する標識が設置されていたこと、本件ゲレンデの頂上付近からは本件旧コースは見えないが、幹夫が通過した図面八記載の④地点(以下「④地点」という。)からは同コースも見え、視界さえ良ければ同コースの右閉鎖の状況も確認することができ、更に、図面八記載の⑤地点(以下「⑤地点」という。)付近に至ると右閉鎖の標識も一層明瞭となること、本件事故当日は天候は曇りであったが視界は良好であって、積雪も四〇センチメートルにすぎなかったこと、なお、志賀高原スキー場ガイドには本件ゲレンデからタンネの森スキー場への連絡コースが明示されていないこと、

(五)  本件滑降コースは、本件ゲレンデの中腹位までは相当の傾斜もあるうえ非常にギャップも多く、相当のスピードも出るので、中級者にとっても比較的難コースの部類に入ること、

(六)  本件通路は、本件事故地点付近においては、林及び本件旧コースの入口部分に接し、タンネの森スキー場から本件ゲレンデに進入するための幅員約四・五メートルの通路であるが、傾斜も極めて緩く、スキーで歩行する程度のスピードしか出ないうえ、地形的にも本件ゲレンデの片隅にあって、本件滑降コースからは著しく掛け難れた場所にあること、同通路のD地点よりタンネの森スキー場側に寄った地点では樹林のため本件ゲレンデにおいて滑っているスキーヤーの状況を確認することができず、C地点に至って右確認が可能となるので、同地点には停止の標識が設置されていること、したがって、タンネの森スキー場から本件通路を通って本件ゲレンデに進入して来るスキーヤーは、同地点において本件ゲレンデ内のスキーヤーの状況を確認したうえ、更に四、五〇メートル先まで行って本件滑降コースと鋭角的に合流することになること、なお、本件通路と林沿い斜面に狭まれた斜面部分は、三角状になっているところから、三角地点と呼ばれているが、同所もまた本件滑降コースから掛け離れており、また林沿い斜面の滑走方向からも外れているので、スキーヤーもほとんど通らず、平素は新雪のままの状態であること、

(七)  幹夫ら九名は、東館山スキー場から滑って来たが、始めてのコースであったので、途中で何回か先頭の者が止まり、全員が集まるのを待って下りて来たこと、本件ゲレンデもまた右幹夫らにとっては始めてのコースであり、本件滑降コースは同人にとっても難コースではあったが、同人は、同ゲレンデ頂上付近から先頭になって同コースを滑って来たこと、同人は、滑走中、④地点付近において本件旧コースを見て同コースを通ってタンネの森スキー場に行けるものと誤信したが更に滑走を続けるうちに同コースが閉鎖されて進入することが出来ないことに気付き、他の友人らの滑って来るのを待つために図面八記載の⑥地点において林側に向って止まっていたこと、そして、同人が右斜め後方の本件滑降コースの方を見たところ、武雄が⑤地点と同図面記載の⑧地点(以下「⑧地点」という。)との間付近から同図面記載の⑦地点(以下「⑦地点」という。)を通り、更に、新雪の三角地点の斜面を林と擦れ擦れに通過し、本件事故地点において、本件ゲレンデに向って進行中の佐々木と衝突したこと、右三角地点の新雪上に武雄のスキーのシュプールがあったこと、⑦地点と右シュプールと本件事故地点とはほぼ一直線であり、本件通路とほぼ直角に交叉する状況にあったこと、本件通路の手前においてターン又は停止の動作をした形跡は全く認められなかったこと、武雄の滑走した右コースのうち、⑦地点付近の傾斜は二一・五度であるうえ、同地点から右三角地点まではギャップ状の斜面になっているので、例えば、⑤地点又は⑧地点付近から⑦地点を通り、武雄の右滑走コースを本件事故地点まで滑走すると相当のスピードが出ること、本件ゲレンデの地勢を知悉したスキーの準指導員級の上級者であっても、武雄の右コースを滑走しターンをして本件通路に進入するためには、同通路の三ないし五メートル位手前でターン動作を完了していることが必要であり、右上級者であっても、最初のトライのときには、怖くて途中で止めざるを得ないような地勢であること、したがって、武雄は右コースを前方にある本件通路に隣接している白樺林に飛び込むような勢いで滑走して来たものであること、

(八)  武雄の前記三角地点の新雪上に残されたシュプールはエツジだけの線状のシュプールであったこと、右三角地点の斜面と本件通路とは高低があり、同通路の方が若干低いこと、武雄は身長一八〇センチメートル、体重六五キログラム位であり、佐々木は身長一八〇センチメートル、体重七〇キログラム位であること、本件事故において、武雄の顎が佐々木の左肩にぶつかり、武雄は図面二記載の⑩地点付近に転倒し、また、佐々木は同⑪地点に脳震盪をおこして転倒し、同人のスキー用具等の一部が破損した以外は、特に身体に異常がなかったこと、

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、本件通路は、本件ゲレンデの片隅に位置し、本件旧コースの入口及び林に隣接しているうえ、同旧コースが閉鎖されたことによって、本件事故地点付近においては本件滑走コースとは著しく掛け離れているから、タンネの森スキー場から本件事故地点付近にスキーヤーが進入して来ても、無理な滑り方をしてスキーのコントロールを失なって林に突入し、あるいは進入禁止の標識等を無視して本件旧コースに突入しようとするスキーヤーにとっては格別、本件滑降コースを滑走するスキーヤーにとっては、特に本件通路の存在を表示しなくても安全上何らの支障がないのみならず、しかも、本件旧コースが閉鎖されていることは被告の設置した標識等によって本件滑降コースの相当遠くの方からも認識し得る状況にあったこと、また、本件通路のD地点よりタンネの森スキー場側に寄った地点において、スキーヤーが一時停止をしても、同地点からは本件ゲレンデを滑走しているスキーヤーを確認することができないのであるから、同地点に一時停止の標識を設置しても危険防止のためには何らの実益もなく、右事故防止のためにはC地点に設置された一時停止の標識で十分であったことが認められるから、被告に本件事故防止のための注意義務の懈怠があったものとまでは認めることができない。

かえって、武雄は本件ゲレンデの地勢には全く不案内であったうえ、スキーのテクニックも未熟であったのであるから、本件滑降コースを滑降するにあたっては、時々停止して地形を確かめ、極力スピードをコントロールするなどして滑走すべきであったにも拘わらず、漫然として、頂上付近からノンストップで滑降したことにより、自力ではスキーをコントロールすることが出来なくなり、前記三角地点付近では身体をねじり前方にのめるような極めて不安定な姿勢で、しかも、前方の本件通路沿いの白樺林に飛び込むような勢いで直進して本件事故に遭遇するに至ったものと認めるのが相当である。

そうすると、本件事故は武雄自身の過失によって生じたものといわざるを得ない。

したがって、原告らの前記主張は採用することができない。

三  以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古館清吾 裁判官 橋本昇二 足立謙三)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例